民本音楽出版の考え方
(2019.12.31)

加筆(2022.7.27)

現状のとらえ方

この荒みきった現状、その根源的な誤りを、
機能 
( >人の能力 ) 性が究極の価値基準となっているところと捉えております。

市井の私達が思うところの機能 
( >人の能力 ) とは、
人がより人らしくあるとゆう究極目的の為の有効な力の働きに相当
機能
( >人の能力 ) 性自体は
究極目的の対象とするところではありません
従って、人が人らしくあるとゆう事を究極目的とし、
其処に究極の価値をおくとするならば、
機能
( >人の能力 ) 性自体に究極の価値基準を置く事は誤りだと考えます。
そして、究極目的やその価値基準は、
人が人で在る為に追求し、そして拠り所とする
人間性の在り様に置かねばならない。
と、私達は考えております。

古今、機能
( >人の能力 ) 性を究極の価値基準とするところより、
私達が惑わされ、囚われ続けてきた
機能
( >人の能力 ) 性の差異が放つ煌きの如きものより解放され、
人間性の在り様を価値の基準とする人々が
草の根のように、
この社会に広がってゆく事こそが
より良い社会を創造してゆく第一歩だと考えます。

機能 (= 目的に対する関係 )
権威を基盤とする表現形態に囚われず 新たなる表現形態を!

人は何であれ、
何らかの形態での自己表現を目指し、
それを、今日ゆうところの
芸術や芸能といったような形態へと昇華して、
表現しようとする様を、
私達は、至極自然な事だと考えます。
そして、そのような表現の表現形態として、
限られた人数の中で、
互いの表現を共有する在り様
を、私達は考えます。

今日ある芸術や芸能の在り様にとらわれず、
その価値も、既存の権威にゆだねず、
発信者・受信者の一方的な関係ではなく、
互いが発信者であり受信者でもある双方向の関係が、
表現における新たな関係であると信じ、
互いの表現を共有し、
互いの表現を育み、
互いの表現の新たなる可能性を探り合い、
互いの表現の多様な価値を見出してゆく在り様
を、
私達は目指します。


民本音楽出版の「唄い手」とは?

民本音楽出版の「唄い手」の概念は、
人間性の在り様を究極の価値の基準とし、
人間性の在り様を探り、追求して表現しようとする者
であり、私達の目指す表現形態の内で、
その核となり、
その方向性の指針となる者を示します。